村上龍と村上春樹

今日の日経新聞の『春秋』欄に村上龍村上春樹の記事が掲載されていた。『デビューも生まれ年も近く名字も同じ。米国文化の影響が濃い二人の作家』として、『下流社会 第二章』で今の支持者には大きな違いがあるそうだ。『村上龍の読書は経営者や管理者が多く年収が高い。村上春樹はフリーター層で支持が高い』。

二人を同じ目線で比べるのは二人のデビュー当時を知っている古い人だけだろう。僕も二人のデビュー当時を知っているので『確かに昔はそうだったね』と思い出すのだけど。だけど二人のその後の作品とか行動、特に村上龍のマスコミへの露出。いまさら『米国文化の影響が強い』なんて一括りにしてしまって。

確かに、その後の二人を作品とか行動を見てみると、バブル期あたりから対照的に違って、『Ryu's Bar』と言う名前だったけTV番組のトークショーを始めて行動的な作家である事を前面に押し出してきた作家。特に、最近の言動を見ていても、まだバブルを引きずっている日本で唯一の作家と想うのだけど。

対象的に村上春樹の場合はマスコミへの露出が無く、作品を読んでも裕福と言うよりバブルも関係なく質素な生活を好み、競争が嫌いな主人公なので、村上龍の小説の主人公とは対照的な性格。

日経としては村上龍の主人公の様に上昇志向が強く消費志向も強い人が増えないと経済も活発しないので村上龍タイプの主人公の方が好ましいのだろうな。

だけど僕の知っている限りでは、欧州とかロシアで成功した人で村上春樹の作品が好きな人が結構いて、海外での知名度が村上春樹村上龍が断然違うと言う事は別としても、日常生活で競争してきたから村上春樹の作品を一種の童話として読んでいる感じがする。

日本では本当に『下流社会 第二章』の分析通りの内容なのだろうか? 作家の作品とか行動で単に無理矢理結論付けた内容では無いのだろうか。データーを分析する時に意思が入れられる事は常識だし。広告代理店とかマスコミも富裕層の嗜好については必要で、富裕層が村上龍が好きだと言う結論になれば、村上龍を使った富裕層向けの広告とか増えるのだろうな。 村上龍もそういったのが好きそうだから勝手にすれば良いのだけど。