景山民夫 普通の生活

景山民夫 普通の生活

今回の英国出張時の為に、ブック・オフの100円本コーナーで買った5冊の本の内の一冊。僕は、この本は過去2回読んだ事がある。なぜ2回って覚えているかと言うと、
1990年にドイツに住み始めた直後に、昔の彼女が送ってきた文庫本の中に、この本があり、このエッセイ集の最初の「離婚調停書」が、当時の僕と彼女の関係の中で微妙な話だったから。だけど、その後のグリニッジ・ビッレジの話、グレイハウンド・バスでの米国旅行、パリの電話のエッセイを読んで、昔、一度、読んだ事がある本である事に気がついた。

だから今回、読むのは三回目。

二回目に読んでから、このエッセイに出てくる場所に行ったから、前回とは違った
エッセイが気になるのだろう。スコット・ランド、ペナン、マニラ、クアラルンプール、パリのサン・ドニ。

今回、気になったエッセイとして、「日系二世へのサム・クエスチョン」と言う題があって、この中でジョン・オカダ氏が書いた「No-No Boy」と言う小説が紹介されている。この日系人強制収容所の話を書いた小説で紹介されているシアトルの日本人街がジャクソン・ストリートで、景山民夫氏が、この小説に影響を受けて、この街へ行った時のエッセイなのだけど、この街がアメリカのシアトルで、この主人公の名前が「イチロー」。

僕が初めてシアトルに行った時は、野球のイチロー ブームで、日本人に対する態度が大変に親日的だった。こんなに親日的な場所があったのだと驚いたし、一緒に行った日本人も感激したのだけど、アメリカ人の表面的な感情表現を考えると、この親日さも何となく嫌だったので、その後の新聞とかマスコミでの記事とかを読んで複雑な感情を持っている街なので。