ソウル

一日目
羽田発が午後8時の大韓航空便でソウル金浦空港へ。
少し遅れもあって、結局、地下鉄で東大門の近くのホテルに着いたのは、深夜の12時を少し回った頃であったが、まだビルのネオン、屋台の光も着いていたので、チェック・インしてから東大門の方へ行く。
デパートと言うか、ショッピング・センターと言うのか分からないが、衣服を販売しているビルが、まだ開店していて、若い人たちが買物をしている事に驚いた。
結局、東大門の近くで、屋台の中からおばちゃんに冷たいビールがあると声を掛けられた店で、ビールとチジミと海苔巻きを食べて、ホテルに戻る。
ソウルには3−4年前に一泊二日の出張で来たのだけど、その前に仕事でソウルに月一位の頻度で出張していたのは88年のソウル・オリンピックの直前。だから、実質、20年ぶりになる。20年前の出張の時は、開いた時間で明洞、梨秦院に行った記憶はあるのだけど。
 
二日目
ホテルは素泊まりの宿にしたので、朝はホテルの前のロッテリア(考えてみると、ロッテリアは韓国資本だよね。 だからソウルのあちこちで見かけた。日本の様にビールは置いていなかったけど)で、プルコギバーガー(!)を食べてから、地下鉄で景福宮へ。景福宮へは、開門時間の9時前に行ったので、開門と同時に中を散策。 掃除の人とかは居たけど、前に誰も観光客が居ない中で、迷路の様な景福宮を散策できた。
その後、三清洞を抜けて昌徳宮へ向かう。この三清洞の道も記憶に残っていて、当時、現代とかを訪問した後に、この辺りで食事をしたのだなあと思う。
残念ながら昌徳宮は月曜日休みなので、更に足を伸ばし、宗廟へ行く。
この後、今回、一人旅だったので焼肉屋は行けないなあと思っていたけど、昼食だったら、地元の韓国人もビビンバとかクッパしか食べていないので、一人でも焼肉屋へ入っても大丈夫かなと思って、ホテルの近くの東大門の焼肉屋に入り、ビールとカルビ・クッパで昼食。 茄子のキムチとするめ(?)のキムチが美味しかった。 結局、ビールを二本飲んで、一度、ホテルに帰り、昼寝する。
昼寝の後は、西大門まで行き、10分程歩いて、慶熙宮のPrada Transformerの建物を見に行く。慶熙宮も月曜日は休みと聞いていたが、Prada Transformerの建物までは入る事が出来た。
その後、市庁まで戻り、徳寿宮へ行ったが、ここも月曜日で休み。
仕方が無いので、南大門まで歩き、更に明洞へ。 南大門は火災の後で、修理中。 この修理中の写真を撮ったが、日本に帰ってきて、TVのコマーシャルで、この修理中の南大門の映像を放送している。
南大門市場の辺りは20年前の記憶が残っているのだけど、東京で言うとアメ横の様な場所で、昔と変わっていないのかな。 上野のアメ横も昔と全然変わっていないし。明洞も20年前に買物に行った記憶があるのだけど、全然、昔に来た記憶が無くて、すっかり変わっている様だ。 日本人の観光客が多い事に驚いた。
夜は、一人焼肉に挑戦して、一人で焼肉屋に入る。日本語のメニューが掲示されている店に入り、とりあえずビールを頼んだのだけど、日本語が通じず、プルコギ以外は二人前よりとなっていたので、プルコギを頼んだら、焼かれたプルコギが出てきた。
残念。韓国の焼肉屋も一人前の量はそんなに多くなく、後で入ってきた韓国人の女性二人連れとか、カップルの注文を見ていると、二人前ずつ何種類か注文する事が分かった。 だけど、焼酎も良く飲んでいるなあと感心して見ていてしまった。

三日目
昨日の景福宮の一番乗りの感激を期待して、9時開園と聞いていた昌徳宮へも、朝8時半頃へ行く。
15分位待って、入場券売場の窓口が開き入場券を購入するが、ガイドと一緒で無いと入れない事が分かり、9時15分の日本語ガイド・ツアーまで、入場券売場の前の待合場所で待っていた。
9時頃になると日本人団体の人がバスから降りて入り口に向かっていた。団体旅行客は、多分、別の特別ガイドで回るのだろうと、待合場所で待っていて、9時10分位に景福宮の入り口へ行ったのだけど、団体旅行の人も一般の9時15分の日本語ガイドで回る為、入り口が超満員になっていた。 ひょっとして、9時15分の日本語ガイドでは回れないのでは無いかと心配したが、日本語ガイド・ツアーは三組に分けて時間通りに出発。
一人で勝手に見る事は出来なかったけど、建物は興味深かった。 奥の秘園もなかなかの風情。 韓国ドラマのロケで使用されたらしい。
日本語ガイド・ツアーで大勢でぞろぞろ回る事も、僕にとっては修学旅行(?)以来の経験だったのだけど。
その後、歩いて仁寺洞へ行き、小奇麗な食堂を見つけてビビンバを食べて、金浦空港へ行く。 仁寺洞は20年前に来た筈なのに、全く変わっていた。