ブラジル サンパウロ
サンパウロにはリベルタージと呼ばれる日本人街がある。
現地の代理店とか顧客と一緒のビジネスディナーでは、シュラスコとかの現地の料理を食べる事が多いので、一人で食事をする時はどうしても日本食レストランを探してしまう。最初にサンパウロに出張に行った時も同じ様に、リベルタージで日本食レストランを探して、食事をしたのだけど、リベルタージの日本食レストランの日本食は、どこも甘い味付けだった。
刺身を食べた時にテーブルの上に置いてある「さくら」と言う現地の醤油で食べた時に、この醤油が僕の味覚からは醤油と言うより、醤油に味醂の甘さだけを加えた様な味で、刺身を食べられなかった。 だから、この「さくら」醤油を利用した日本食の味付けは甘いのだろう。 ひょっとしたらサトウキビから作られているのかも知れないとも思ってしまった。
そんなブラジルの日本食に対する不満を持っているのは私だけでは無い様で、サンパウロに赴任している日本人駐在員も同じ事を言っていて、「今の日本食の味」が味わえるとして紹介された日本食レストランは、サンパウロのビジネス街の中心地のパウリスタ地区にあった。
パウリスタ地区を横切っていて公園、美術館があるパウリスタ大通りをサンパウロの銀座と紹介しているガイドブックもあるが、ビジネス街の辺りは、ポルトガルとかスペインの市街地に似た古い建物か、モダンな建物であってもブラジル経済が強かった時期に建てられた古い建物が多く、ヨーロッパに似た寂びれた雰囲気。
教えてもらった日本食レストランを探したのだけど、雑居ビルの一階のレストラン街と、照明の暗いゲームセンター、映画館、ビルの間のアーケードで出来た複雑に折れまがった小道で、以前にもどこかの街で一人でレストランを探していた時に、同じ様な場所を歩いていた記憶が蘇った。 デジャビュと思ったけど、デジャビュ程、回りの風景は過去の記憶と同じでは無かった。
やっと教えてもらった日本食レストランを見つけ、店の中に入ってみると、カウンターに大皿料理が並んでいて、料理の匂いも「今の日本食の味」。この店を知ってからは、一人の時はこの店へ行く事が多く、まずはビールを飲みながら、何皿かつまんで最後に簡単に食事をする事が多かった。リベルタージとは異なり、この辺りにはカラオケの店は無く、近くのブラジル式のバーへ行く事もあったのだけど、適当に飲んでホテルへタクシーへ帰っていた。
パウリスタからタクシーで帰る道は、片道三車線ほどの大通りを通って、途中に線路の下を通る大ガードがあるのだけど、いつもここの信号が赤でタクシーは停まっていたと思う。 その時に見つけたのが、線路通りの小道を少し入った場所に緑のネオンで光っている「新宿」と漢字で書かれた看板。 「新宿」以外には何も書かれていなかったと思うけど、バーとかスナックと一発で分かる看板。
ホテルへ帰るタクシーの中からその看板を見る度にタクシーを止めて、そのバーかスナックへ入りたい誘惑に駆られた。 だけど、その小道には回りには全く明かりの無く、他の店もなさそうな小道の中なので、なんとなく危険を感じて入る事が出来なかった。多分、商店街の中にある様な普通のスナックなんだろうけど、異国の中でその「新宿」と言う看板には僕を強力に惹きつける磁気の様なものがあった。
なぜその看板に惹かれたかを考えると、昔、夢の中で出てきたスナックの看板と同じだった様な気がする。海外に住み始めた時、日本の繁華街が懐かしくて、日本の繁華街の夢を良く見た時期があって、それは昔、飲み歩いていた新宿の三丁目からゴールデン街の風景なのだけど、実際には「新宿」と言う名のスナックは無かった筈で、夢の中で酔っぱらって彷徨って入った店のネオンは、あのサンパウロの「新宿」のネオンの気がする。 あの時、サンパウロでタクシーを止めて「新宿」に入っていたら、20年前に新宿で飲んでいた過去に戻れたかも知れない。